何度も終る夏、果報は寝て待て


by shintarooue

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そうそうとさっそうと2010

年が明ける。2010年。さて区切りもいい少し10年前を思い出し、、、、
2000年いわゆる勘違いみんなですればそれが現実ミレニウムの時はアムステルダムにいた。
0時、激しく無秩序でありながらそれでいて、案外統一された花火の数々。
潮時のわからない花火が一時間後にもチラホラ。最後に打ち上げるということを狙ったかのように延々と。
しかし、
それもその一週間後のチャイニーズニューイヤーくらべたらかわいいもんだった。
爆竹のみの簡単明快で次の日は町の道々、朝の霧に濡れて色濃い赤で埋め尽くされていた。

想像した、「このオランダで中国人だけでこれだけできるとは、なんともすごい人種だな。」実際は
オランダジンもいたかもしれないがなんとなくそう思うのである。(断定的)

スットクホルムで何回目の年を明かしたんだろうか?
今年はここ、といっても島流し(良い意味で)そして去年はパリ、その前はテルアヴィブ、その前2006は、、、ここ? だったような、、、、まあ、いいか。
振り返ると思い出せない事が増えるほど少しは年を重ねた。
しかし覚えている事は少ない。 それはあたかもいろんな国にはいったけれど自分の足で歩いた部分を
地球儀に塗ると見えない程のもんだという感じ。
話は地球儀から旅または滞在、移住、にそれてゆく。 「いった」「すんだ」と思ってみても地球儀にマークしてみたらたかがしれている。飛行機の窓から見える景色なんかがとくにそうだと思う。 山の谷間や海岸線、畑に町中、、、、その上を通過したのみ、町中ですら「いった」「すんだ」でも基本行動範囲が確定し始めると、、、、。
だから今は何故か
「知っている事などなにもないんです。」
でもそのあとに「ゴメンナサイ。」
はいらないと、、、、思う。 過ごした時間はどこか体の一部にやどっているように思う。
例え、日本語をしゃべらない日々が続き、本を相手に押し問答してごまかそうと、半分は人にあうのがメンドウ
だと思いつつも、どこかで、吹き出してくる。 またその時にちゃんと吹き出せる場所を私は私自身を他者のような感覚で、その「バショ」を提供してあげられればいいと思う。 他者?自分がおもうかもしれないが、
言う事聞かないのがカラダであることは間違いない。 勝手に風邪なんか引くしね、、ひかんでもいいときに。


最後に2009を振り返ると、「いい加減なりに加減をしったげきれい」
そして2010も「いい加減ぞっこう」そしてこれには2000年の時ののような勢いはないかもしれないが
せっかくここまできたからにはもう少し続けてみたいと思う。 諦めることは得意だからいつでも
実行可能、でも「いい加減、楽しいなってきてるから、楽しいからいい加減にできる、冗談にとられる方が
多いけれど、それもこちらからみると的をえてないなあ、と楽しくなる、間違ってても、いい、いや、よくない、
現実社会においては、でも、が付いちゃう、 「デも」「デ、モ、」「で、も、」これいいかも。次回の予告に繋がる
続く、、、、、、。
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by shintarooue | 2010-01-13 06:55 | 私語