何度も終る夏、果報は寝て待て


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東京奇譚集(読み方もわからず)

トウキョウーキタンシュー  村上春樹さんを読む。
この本がテーマにする「偶然」がそのまま自分にも「偶然」な出来事としてあてはまる。
作品の内容は第三者の目から物語をつづってゆく書き方で、最初の出だしにしっかりと顔を出しその後はチラっとよぎる程度に第三者の目が見える。 「偶然」それは本当に「偶然?」 作者が意図したかどうかはわからないが、何故か仏教的である。問答である。 そして答えは読んだ時間の流れの中そして時間の経過があるだけである。 

本はそこにある。 いつ読み、また読み直せるか? に懸かっている。 それはプラスマイナスの関係ではないはずである。 だから時間が流れたというだけでは、本をうまく表現できていないかもしれない。 ただ推理小説、または映像化されやすい小説(無理矢理されるのもあるだろうが)では時間は飛んでゆくかのように流れる。 それはそれでいいと思う。 ただ、時間が、自分とうまくあわさってくる、しいていえば、呼吸しているかのような本である。 息を飲み読む、または息を殺して、いや、、、、一気に読むのではなく、、、一呼吸おくような本。 実際最後(短編4つ)までは読んでない。

ハードボイルドと言う言葉の意味を五木寛之さんのエッセイを読んで知る。
さりげない登場人物(さりげない日本人にあったことがない、このエッセイの中でも外国映画や小説とかかれていたが、、、)がさらりなげだす、日常的教訓、しかしそこに教訓てきな響きはなく。
これも「仏教的」だと勝手に解釈するが。(反道徳的・暴力的な内容を、批判を加えず、客観的で簡潔な描写で記述する手法・文体) 

「どこであれそれが見つかりそうな場所で」 オジイさんがでてくるのだが、私はこのオジイさんにたして、ハードボイルドだなと、感じた。 よくよく考えてみればハードボイルドって卵のことではないか? キミとシロミがはっきりとしてる約7分湯で上げた状態。
その固いゆで卵はたしかに、このオジイサン、いや老人にぴたりくる。
これ、一番、ピタリときた。 そしてこの本をもし今一度読むのであれば、このオジイさんにあうためであろう。 それも「偶然」に。

時々、卵を食べたくなる。 読むとよけいにそうなるし、ミラーニューロンなんて言葉もあったが、あれは前からあったわけで、ニューロンまあ、いいか、その事は。
見てそう感じると言う事は、まあ、それしなくても基本、身体にとってはもうどうでもいいことで、おのれの感情がそうしたいと、身体に無理をいって、食わせてしまう。

深沢直人さんはエッセイで「卵食べる?」って来客に聞くそうです。
それは彼のモノツクリをさらりかたっているようで、なんともいえません。
あの本は飛行機の中に忘れてしまって、次回21_21にいった時に再購入する。
そんな、こんな、たくさんの事柄が自分の周りに集まっており、記憶をたどることで浄化され、
自分というものが少し輪郭をもつように思います。

本は読んだ、ハイ、ためになる!、活用!ではなく、食べて、排泄し、それでも身体がまだあって、初めてなにか自分にためになるように思います。

長い言葉は読んでると、もう、事前に書かれた事が消えてゆく、それは生きている時間の中でも同じ事。 一気に読めるオモシロイ本よりは、自分の流れそして一瞬にピタりとくる時に読む本がいいような気がします。 これも「グウゼン」、まあ、偶然でも必然でもどちらでもいいのでしょうが、自然をともにしていれば、偶然もなく、街の人の中に住めば、偶然なのにあえてそう表現しなくなってしまうのではないでしょうか?

まあ、いちいちいろんなことに偶然感じていたらしんどいですが、本来偶然とは、何事にも感じるということができれば何もかも偶然おこったように感じるはずです。



まとめる必要はありません。 手短に書く必要もありません。 この空間では。
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by shintarooue | 2008-12-23 06:56 | 私語

日々

あれよあれ12月。
毎日かかさず40分泳ぐ、本を手当たりで図書館ならびに人つてに借り読みあさる、日々。
これでいいのだと「か」に書き直さず、考えず、言葉を流し込むに、600字の作品説明を横目にやる。 書こうとしてもなぜかいらぬいい訳が書き出しについてしまうので、そんな時は、あきらめて書かない。 多分いい訳だけで作品の説明にはいったところで終わってしまう、、、またはそんな構成があんがいすきでそういう風に書いてしまいそうだからまだ書けないと決めて書かない。

ヒトはいう。 我の文体はよくわからないと、、、、。 そうなのかと私は思う、、、、、自分でもわかっているのだが、、、、、、言い訳になってしまうが、書く50%読む50%といつも思う。 それはヒトがつくるものどれも同じではないかと思う。 

 「眠る男」 内容はわすれてしまったが、オランダにいた頃に見た映画だった。 映画を見に一緒にいった子のことも思い出そうとするが記憶さだけではないが、案外そんなことから、この作品「イキ、シ、ル」か「イキ、シ、タイ」は出来、「た」、「る」 のかもしれない。

過去に思いを巡らす事が多くなった、時間が十二分にあるからかもしれないが、過去が今日をつくっている事は、人生を一つの大きなものと考えるとそうなのだと思い、また、過去は眠りに毎日つくのと同じで繰り返し現実の中で形はかえられど毎晩繰り返されているのかとも思う。

過去は過去としてとは考えられなくもないがご都合主義な我ゆえ、過去ありし今日もまたある。
未来はというと、決定していない事柄、また、たとへ、そうなるものであろうとも、少しの余裕または含みを持たせて未来と呼びたい。 現実逃避、夢追いとおもわれてもいたしかたないが、それは単に、どうせしなきゃならない事(生活面)は、するのだから、それを、頭の中心になるべくおかんとこうというだけである。 実際、日々、生活面で現実的な問題はおこる、、、と書くと、経済的と書いた方がわかりやすい。 でもあえて、浮き世と書いた先人に触発され、日々である。
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by shintarooue | 2008-12-03 06:12 | 私語