何度も終る夏、果報は寝て待て


by shintarooue

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ライフログ


安部公房スタジオと欧米の実験演劇


堕落論


恋する惑星


デリカテッセン <デジタルニューマスター版>


髪結いの亭主


時代-Time goes around-


幕末太陽傳


切腹


終りし道の標べに―真善美社版 (講談社文芸文庫)


陰翳礼讃 (中公文庫)

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 この体が死んでも、これらは記録として残り続ける事だろう。 持っている本は年代と共に読み込まれ古びる。 DVDはどうか? ほんの逆を目指している。 コワイ。

 使って味やほころびが出るたびに手直ししてやる。 目的はただ一つ。 共に過ごすためである。 堕落論はハードカバーがほしいところだ。 彼の書き方には洗練というよりは何か殴り書きたい気持ちを抑えた震えが所有書に見えて、大変引き込まれた。 新潟の土地になれはなれてやっと手に取って読み始めた本。 でもいつかどこかで、、、、、。 現実の中にではなく、、、、、。
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by shintarooue | 2006-11-30 08:56 | ダンス特有

梯子、改築、安部公房。

目が止まらん、今日もお気に入りの店屋で、販売しているものよりもどういう風に陳列されているかをジリジロと。 定員さんもこちらをおなじくジリジロ。 向こうは商売、何をなしにコチラの目線をうかがっているのだが、何故か少しずれたところを観ている私を観て????? 

いや、なかなかどうして41平方メートルなかなかまとまりません。 今日は壁ほんとにこれが最後の破壊!と思って叩きのめしてました。しかし、砂埃いやすごい。 砂、ね、安部公房。 初めて呼んだのがもう10年まえかな? まだ本があまり好きでなかった頃の事、箱男という本に出会い、まあ其れから大変お世話になり、もう色んな方、特にコウボウを知らない方に進めては観るものの、結構、賛否両論でこちらとしては、 「エッ?」 なぜだ? こんなにこみいりつつおいかけおいまわしわれわすれ、科学が現実的感覚を際立たせ、かといって社会的、脳内思惑と折り合いつけて、 憎い、うますぎて。 

 そ41、ね、 とどのつまりが、やっぱい41なのかな? ってのが最近の悩み。 天井が高い分有効に空間利用を考えて入るのだが、何分素人、 なかなかうまく行かない。 写真報告、次回
します。
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by shintarooue | 2006-11-30 08:15 | verksatdsgatan1改築記録

この履歴書で、どこに行こうか?

大植真太郎
クラッシクバレエを京都で学び、多くのコンペでに入賞。
1992 渡独(ハンブルグバレエ学校)
1993 プリドローザンヌコンクールでキャシュプライス受賞。
1994ー1997ハンブルグバレエに在籍。
1997−1999NDT2に在籍
1999よりオランダを拠点として、独自の創作と多くの振付家との創作を開始。
2000 シルバーダンスプライスを自作自演「メイ デイ」で受賞。
2001 ダンスギャダリング(ドラマシアタ−大阪)に「Living room」で参加。
     札幌にて、地域活性型workshopを行う
2002 オランダで「Living room」ツアー、ドイツでも公演。
2003 トヨタコレオグラフィーアワードに「Living room」で参加。
     札幌にて参加型workshop のなかから「現実不在」を制作発表。
     クルベリーバレエ(2006夏まで在籍)
2004 充電期間ならびにクルベリーで長期変動型workshop
2005 「del a」にて、ダンスフォライフ(ブリュッセル)、スターガラ(イスラエル)に参加。 この作品でハーノーバーインターナショナルコンペ最優秀賞、スカンジナビアグランプリを受賞。
     「oppenplanlosning」をスエーデン国立オペラに振り付け。
     「Renoveringobjekt」をロンドン、ストックホルムで発表。

2006 「 mellan a och B」をクルベリーに振り付け
     「Plan B」でコウピオダンスフェステイバル(フィンランド)で発表。
     「caps lock」をイスラエルで振り付け
     「solo,solo」をNOISMに振り付け

     「主題なき時代」の制作にむけて充電期間
   
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by shintarooue | 2006-11-28 22:01 | 私説明

どこに居着くのかわからない。

今夜はこれ書いてから寝ましょう。 マサは元気か?  寝る前のサンドイッチをかじりながらではあるけれど。 この間ARTTEATER dBで、君の作品観た後に、トウクノともより近くの知人 をおもいしりました。 なんか、色々手伝えたようなそんな感じがして、でもまだこれから始まったばかりだと、どこかで思えていたならいいなあと。 その後も縛睡しましたので、結局うまくしゃべれずじまいに終わってしまいましたが、でもそうやって、居所や人の懐を今まさに探っているのだと思って、長い目でいてください。 

 二つ、表と裏を何回も往復

自分自身が壁になっている。 だから、打ち付けられたく、壊してほしくときに回りにその行為によって迷惑そして波瀾万丈。

昨日の夜書きそびれた、 いいあらすじ。 ヘッドホーン、3回公演20分 三回。 客は、グループ分けしてみてもらう。 ひとグループは、まず、ヘッドホーン着用。 その対岸になしのキャク。そして残りは、客席外。

また今度、なぜなら、これはstockholminformation のカテゴリだからこれ以上は場違い。
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by shintarooue | 2006-11-27 09:20

アスファルト

 大阪のともが東京に流れて、まだながせれてはいないと思いますが、何故か丁寧語で書き続けている変な私。 あ、アスファルト。 あれは吉祥寺駅前、なんやあそこは?と思うほどゴチャゴチャで、バスが、整備のオッチャンにつれられてひっきりなしに入ってくる。 最初のバスを観たときには、「あー、空港から吉祥寺駅まで、偉い親切設計な交通会社とおもっとたら、くるくる、コチラは唖然。 ただの田舎モノ、とは思いたくなかった。 やはりあの光景は不自然である。

アスファルト そう、それね、その話。 その日は小雨が降っていて、 待てど暮らせどともはこない、傘もささずに立っていた。 同じく雨も生き場のないのを知っているのに、降り落ちてアスファルトの上をさまよい続けてました。 生き場のない雨。 
友に会い、その事を話。 一言、  「アスファルトは地球のかさぶた。」 うれしく悲しい言葉でした。

 この日の出来事は、その後、 Noismデ降りつけた(振り付け)solo,soloにモノローグ的につかってます。 雨にはその前から何故か引かれてましたが、 かさぶたまでにはおよんでおらず、まあ、作品の中では、 相互反応で、さらっとしてますが、わかる方には切ないでしょう。

これを書いたきっかけに彼に子の場を紹介します。 今どこで? どうやっているのかもわからないけれど、 兎に角ケイタイ、ね、ね、そう、最後は結局、ケイタイ。 手放せ! 一度、週末仕事の線をきるんじゃなくて、週の半ばに手放せ! 

アスファルト、そう、その話。 
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by shintarooue | 2006-11-27 07:57

来週にむけて。

また月曜日がやってくる。 そう、やってくるのだ。 

呼びもしないのに。 まあ週末とかそういった分類を長くしていない。 今はただあそこまでやるとか、本番いついつまでにとか、やっててえ、期限、などだけが存在してて、週または曜日、日日、も全く意識しきれてなく、ただやる事は自分でドンドン増やしてる訳だから、って考えると、またいわゆる貧乏性で、そんな事でいいのか? そわそわして、こんなとこでパチパチやってる暇と趣味があるならほかにすることがあるでしょう! あーあ、子供の頃が懐かしい。 だから人は人を選んで、結婚し、自分をあの頃に、、、、、。 でも自分はそこか、、、、、。

 そうだから兎に角、 明日からの一週間はきっちりと行動したい。

 別にやる事がどうとかではなく、兎に角と字のごとく(なんじゃこれ?)と自分でもわかってるんだけどなんか変なぐらい。 先ずはちゃんと寝て起きる。

 ガンジーは言った。 

人は死ぬ、そして明くる朝また世に生まれ落ちると。

これ聞いた翌日は、何をやってもでたらめで収集がつかず、 昼頃大変元気で、夜はなんかへばってた、でも寝る前に頭がえらく冴えて、走馬灯をみました。
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by shintarooue | 2006-11-27 06:53

改築家族

疲れた。
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by shintarooue | 2006-11-27 06:37

改築

一日中、改築。 階段をどのような形、設置するかということを椅子に座って色んな角度から眺めなんとか答えが出たのはいいが、、、。 自分でやれると思いつつ、時間、時間また時間。

いつになったらできる事やら。

 階段は、上る方が楽に取り付けられる事を今日学び。 降りるときの配慮はなみなみならぬものがあります。 また、アパート内となるとこれまた、階段自体を収納部分として考えたり(大切な本が一冊だけしかはいらないとか) まあ、遊びではないけどそんな臨機応変な、作り方で、自分のない知恵を注いでいます。 このアパートが完成したら、あとは、借りた金を返すべく! そうしなくても前々平気な国ですが、個々は何故か日本路で。

 あ、図書館に行って安藤忠雄さんのモノでもながめてみれば、何かそこの奥のモノが見えそうです。 モノマネは許容範囲を超えるのでやはりじっくりと頭を悩ませてやって行きましょう。 しかしまあ、仕事という仕事もせず、ある意味大変贅沢な時と、困難をいただき幸せです。


セゾン文化財団は、来週あたりから、ちょこちょこ、気分の転換もかねて書き込み始めましょう。 ヤルキがないわけではなく、気分のいいところで、飯を少し送らせて腹が減りつつなどと考える余裕が結果どうなるかわかりませんが、なるようになりますね、ね、ね。
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by shintarooue | 2006-11-26 09:45 | verksatdsgatan1改築記録

ヒトは何故、目で観るのか?/セゾン文化財団

日記ではなく。
今日は久しぶりに、自分を語りました。 (独り言状態)普通の行為なのですがどうも現実のなかにあっても何故か舞台にいるようで、かといって不自然ではなく、其れは相手がいるのですがなんか、かたって、相手のうなずき、形がそこにあり妙に境目が薄くでも幕は張っていて、感じるのだがどこか不自然。 社会の中にもそんな事わんさかあります。 と、思ってるのは自分だけかも知れませんが。 スミマセン(誰に対して)

現在仕事がないので人と話すという機会が、無い日があります。 ドイツにいた頃にもよく休日には誰ともしゃべらない事が多くあった。 最近は、自分に問いかけ追いかけ問答をする事があります。これはただすわって目の前にあるものを通して自分に語りかけるのです。 こうやって考えてみると、人や物に会っていても実際には、」ほとんどの言葉を自分にといかけているのではないでしょうか? 人の想いや悩みなどを聞くたびに、相手の事を考えつつ自分にも言い聞かしたり問いかけてみたりしているようです。 

 一度書いたが消す。 ブログ自体も、日記としての役割と他者への伝言、共感しあいたい部分とがあり、ここにも自分と他者が同時に存在しているようです。

用はみんなそんな行為をくりかえし、自分を慰めでも必要行為だと胸を張り、法で捕まりもしないしね、だから、折り合いつけてやってくしか方法はないのではないか?

 語って行くうちに、セゾン文化財団の応募のこともわすれ、それはさながら、対抗心を鏡の自分に向けた分だけつらく長い道のりを一瞬さけようかと思うほどの勢い。


単純明快、 目で見ろ! 申請書は所詮、紙の上のきれいごと。
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by shintarooue | 2006-11-25 05:19 | ダンス特有

あらすじ自体

主題なき時代

 あらすじ(すじなきすじ)

 舞台、そこには何も存在しない(照明さえも)。ただ舞台が開いた事のみ認識できそこに舞台自身がもつおもみのみが。 見えない音声が音声として存在しようと、自分(音声としてのおいたち、出没、特技、好きな事、)の存在を音声として語りだす。 そのMr音声(音声が個として存在するためMrと書く)と共に舞台上に人そしてまた人が浮かび上がる。太陽がゆっくりと地平線から昇るかのごとく、人々が光と陰の間を行き来する。身体から発せられる呼吸と落下する事で起こる音が、人々に浸透し一種の共同オーケストラを異様な光景をクスクスとからだをよじるように、快感を織り交ぜる事で、アンバランスな痛みを筋として通す。見え隠れする人間的表情と音声、Mr音声の向上、舞台の重みは薄らぎ人々の身体が、おのおのの生い立ちを出で立ちで語り始める。 それは一時共存(音の連鎖としてハーモニーを奏でる事によって)するかのように見え(この見えとは、耳がそう観るという意味)しかし、舞台の上の人々は、身体的に何ら関係性を持ち得ない空間を漂っている。ここで、すじなきすじが発生する。 視覚と聴覚の間にひずみが生まれているために、外から見るものに相当な習知を要請し、なおかつ筋を通そうとする頭脳に打撃を与える。 大まかな筋として、ただ太陽が昇り人がモゾモゾと起き、個々の目標に向かってタンタンと準備をし、点でバラバラにみえるのだが、その動作からくり出るおとだけが、ここちよい日曜日の朝なのである。 

問題:すじとはなにか? あらすじ的ではないが、あらすじなのである。

音声:身体(痛みはさらりとかわす動作:振り子の法則)が発する痛い音に、Mr音声から、社会的問題が、さながら彼の悩み事(独り言)のように重なる。

身体:記憶をたどるかのように、落下と起つ事を基本に動作が繰り返させられる。ここには形としての人だけが存在するが、次の段階で成立する人に繋がるよう瞬間的に、人を意識した身体が表われる(とくに立ち位置に近い瞬間に)。



 舞台、煌々と照らし出された身体。人々は視覚を意識し始め其れに没頭する。 目の前には、人、そして人。身体がギリギリまで近づき、極限のバランスでおりかさなりあう。 Mr音声は、呼吸で物語を語り始めた。 それはあらすじでありまた単純な日常の光景を表現して行くだけである。人々は、極限から極限へと目をみはることで人化し、見る側に取っては自分を透写できるほど、心体の一部分(顔)が日常的表現を行う。(勿論からだはまだ極限的バランスの連鎖:バランスとは制止する事ではないので連鎖を強調)to be continue 
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by shintarooue | 2006-11-22 05:08 | ダンス特有