何度も終る夏、果報は寝て待て


by shintarooue

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カテゴリ:私説明( 13 )

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チラヘ移動しました!!!
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by shintarooue | 2014-01-22 20:59 | 私説明

さいきん

こういうタイトルの時って、大概ネガティブな内容の羅列プラス呂律。
5月にはいって多分5月病なのでしょうか?
今週は一週間丸っとストックホルム。久しぶりに改築を進めようと思いながらも、
停滞です。3月の半ばから放置していたので体が、工具としっくりこないのでしょう。
埃と砂塵の中へと入ってゆく気も、、、、、。

さて仕事の方は?
現在は環境準備。あらたな制作補助をしてくれる人が見つかったので、、、何故かスペイン人そして
ストックホルムではなくヨーテボリ、、、まあ、カンパニーマネジメントの窓口にはなってくれること間違い
なしで。 
新作は、、、、今、寝かせております。はい、でも公演も来年度に決定しておいますし、野望もありますし、

と。

とー、とつ、
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by shintarooue | 2013-05-13 19:03 | 私説明

ダンダント

男ですいません。
飯田橋JR駅を出た所に飛び込むであろう看板。
それすらも、目に映らないほど、私は落ちている。
でも、周りを見渡す視野があれば、そんな事など、こうして書くべきことでもなく、、、、。
自分が持つ資質とは?
なんであろうか?
それはこれからの踏み出し方で変わってゆけるのだろうか?

贅沢な話じゃないか。
当たり前のことなんて、ないんだよ。
当たりがでたら、それは感謝せねば、、いや、感謝が当たり前なのだ。
私はぶぶぶぶぶ、、、、、、不器用だからと、身を隠してしまう。

あたるところは舞台の上のみではないということを、また思い知らせられ、

「そうだね」「そうです」と、、、、反復し、その中から自分のゆく道探そうと、、、、

断片が散らばりそうなので、、、

とにもかくにも、、、

ありがとう。

です。
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by shintarooue | 2012-02-14 17:18 | 私説明

帰国する場所が二つあるということ

眠れないので、部屋の掃除とMACの掃除をする。
慌ただしく過ぎ去った名古屋の三日間。
歯医者へも二回いって、酒を飲むということを恥ずかしく思った。
歯医者にしてみれば、良くある事だろうが、それでもね。
そこの歯医者さんは親切心からか、目をタオルでおおってくれた。
しかし、相手の目が見えないと不安も高まる。
アキレスケンを切断し、繋ぐ手術の時もそうだ。
音楽を薄らと流したその空間は、よくよく考えたら違和の間だった。
見えるといやだが、医者の目は見たかった。。。。

見えないということは不安を煽る。
煽れるものはアオイ尽くす。
何故か人はそのようなものである。
燃えるものを焼き尽くす、自然と同じである。
燃焼するまでに待てればいいのだが、、、
人の体でうまれてしまっては、
待つ事も難しい。
「待つという事」という本を単純に思いだす。
待つ対象がないのに待つというのは理不尽な話だが、「ゴドーを待ちながら」
にもあるように、いままでだって、みんななんかしら待っている。


さて
名古屋での仕事面を振り返ってみると、「暗転を使用する」課題に取り組む事ができ、
暗転をどう好転させるか? また何故暗転したがるのか?(今の自分)をそこで掴む
ことができた。
またなじみの、慎に参加してもらいストックホルムのリハーサルから食住を共にした、カカーのような雅に安堵。聡くんは怪我もあり、それもすべて受け入れてからの出発。

我の作品なのに、何故かしら気疲れが多い。いつもにも増して。
良いか悪いかは別にして増している。
それは鏡のようなものだとしてもだ。
だから、判断はまったくできない。

終ったので判断すれば、、、、みょうに骨の中がさみしい。
骨がやせてしまったようだ。
また、健康管理でもしようかと思案。
4月の終わりまでしっかり走りきれるように。
そんな課題も、割り切ってゆけば、走れる。

2年前のある夏に書いた文章を読み直しがてら、手も加えずにペーストする。

終わりという標識から出発、、、、安部公房をひさしぶりに想い、手元には本が一冊もないことに気づく。

東京最終日は始発で始まり、始発で終わり。
荷物の整理をしつつ、わけがわからなくなり、荷造りをいつものように半分程断念し、結果大半のモノモノは
スタジオの倉庫にお蔵入り。 自分のモノがいろんなところへ散らばってゆきます。 もちろんどこかへ忘れてきたものなどもたくさんあることでしょう。

始発で帰り、太陽がてりはじめに感謝と「 」を感じてブログを書いて寝てしまったのは前回書き残しました。
結局、だらりと起き上がってみると半日をなんとなし過ごして、やっと外にでる。 しかしダラダラとした分を取り返すべく自転車を足にする。

「東京にはこんなにUPやDOWNがあるのやね、、、と感激するほど東京の地形は捨てたものではありません」
地形にはいつものことながら感激してしまいます。 たとへ人間が山を削れるといっても、たかが知れているようです。 確かに最近の温暖化はどうたら、こうたらと延々と論議し、論理がでているようですが、 自然の周期としこうなっている部分も多いにあり、実際には我々人間がもっている感覚では現実に目の前でおこらなければ、
それに対して、なにもできないのではないかな? と、まあ、いい加減な回答をしてみたり、、、、。

話それて、、。ついでに、北極がとければOILの利権問題が解けた海面以上に浮上しそうです。

話戻し、 方向をさだめてこげば、間違え迷い、他者に声もかけやすく、 そうして何気なしに言葉があることに
勝手にほくそ笑み。 西麻布のどこかしらかの交差点から入った路地はいや、、、、気が大変
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by shintarooue | 2012-01-10 13:04 | 私説明

環境の影響


ただ今、アントワープにて[TeZukA]公演中です。この場所で9回公演ですか、、、振付家のホームですからね。
いいですね。。。。
マイケルがBY シルクドソレイユで公演が始まったようで、ちょっとCM眺めてましたら、まあ、凄いですね。
今日はやけにポジティブなんでしょうか? いいですね/凄いですねっと感心ばかりです。
こんな日はめずらしいのです。
種をあかせば、、、なにやら頭が浮世離れでもしているのです。
海外に生活すると、どこがどこなんだか解らなくもなりが/そんなをさまよっているのです。
まあ、それはそれで苦あり楽ありでバランスバランスなのですが。

最近、楽ばかりが増えて〜、、、苦がない/または避ける傾向にあるようですが、やはり苦みもないと生きてくなかで楽を感じることもなくなってしまうのではないでしょうか。。。
ちなみにどこからリンクしこんなことを書くのか?
種をあかせば「イワシの丸焼き」腸など取らずに焼かれたものを食べた、苦くもこれがおいしかったのです。
ものが浮かびあがる環境は日々大事にしたいですね。

っと。

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by shintarooue | 2011-10-05 19:30 | 私説明

3回目

卯年という。
厄年のほうが日本人としては気にかかるが、、、、
年もあければ、気分も変わるそうだが、そんなものか?
何かにつけ後始末の悪い私は、引きずられる事が多い。
それは悪い私と書いたが、それは良い部分でもある。
あまのじゃくといわれようが、そんな事はあまのじゃくでない
人の言い分であり、当のアマノジャッヤクにしてみれば、
おかしなことを言う人もいたもんだとなる。
しかし、空はの青さにはあまのじゃくであろうとなかろうと
あおきかなと思うのである。
蛙のことをどこかでみつけて、ごく一般に知られる、井の中の蛙、、、、
うんぬん、、、の続きには口が空いた。
これも某かの経験あればこそだと、歳を重ねることの意味でもなんでもいいが、
あるようなないような。

井の中の蛙がみた空も、薄暗い中から、ある日?みたのかと想像する。
毎日が晴れってこともないし、まして大概井戸の上には覆いがあるかと、、、
そしたら、どんな角度で空がみえたのだろうか?
空をかんじるに足りる光量より、空をみたのかもしれない。
実際、上を向いてかんじたものではないかもしれない、
すっと、感じ、、た。 

今年は転機である。 そう思うかいなか、まあ、毎年そう思いながら、
生きているようにも思うが、、、、。
それでも、転機とは、、、自分では出来ないと思って初めてやってくるように
思う。 
適材適所
これもまた考えるよりも実行あるべきかな?
JUST DO IT!
これができるうちはまだまだ、先わからなくともやってゆけるんだと思う。

青さを知り、
そこからどうするか?
蛙は鳴いたのか?
それとも、その青さにむかったのか?
それともそこで増殖し共食いしながらいき伸び、まっとうしたのか?
それとも互いに助け合ってかどうかしらないが、
増殖してつみかさなって、外にでたか?
それとも、そこで考えるということを初めて経験したか?
蛙始まって以来の初めての考えるカエルとなったか?

うさぎ、かえる、どちらも鳥のような味がするという、
そんなことを考えてると、やせるか気が重くなるかどちらしかない。
体に毒だとわかっていても、それをする、
それは人だけらしい。
人らしい。
人間らしいおこない。
下から上みるほうが人生楽しいし苦しい、
どうせならな、
ひとならば、
さようならば。
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by shintarooue | 2011-01-09 07:41 | 私説明

ニクニクシ、ニクトリツカレル2

取り付かれてるを体重計で確認してから2週間目に突入する。
朝の日課となったプール、泳ぐ前後に確認する。
朝一時間弱しか運動しないのだから、まあそれだけでどうにかなるもんではない
とは、はっきりいっておもいもよらなかったが2週目に突入して以前75の数字が
目の前に映る、いや突きつけられてるといってもいいかもしれない。

平面、といえば最近映画が3Dになったりとしているが、果たしてそれはどうなのか?
平面であるからこそ、その枠だから、ってところで勝負してゆけばいいのではないかな?
3Dが体感できるというならまだしもとおもう。

「森のなかでのどが乾く、そこにグラスにはいった透明の物質がある、勿論飲みたい。
しかし、見ているだけではどうしようもない、まず、グラスを手で触れる、ないし、鼻で匂い
を確認してみる、と、、、、続けて、、、、、

五感の一部とくに目だけとか耳だけとかではなかなかそのものが持つものを誤認してしまう。
またはすぐに「アキテシマウ。」 誤認はまだしも、今の世の中「アキテシマウ」ということは大変
無駄なことなようだ!と一人で勝手に思う。

ではまずアキテシマウようなところから始まり、いいかえれば終ってるようなところから始動してみれば?

そんなこんな思うのも、やっぱり舞台のことにつながってゆく、、、、なんでか?
それしかないからね、ってことである。 舞台はそれが可能である、平面で仕事をする方々には感銘をうけ
時に涙までながさせていただく。 では舞台はどうなのか? ダンスはウンともスンともなのだろうか?
日常から飛躍した場所にも秩序があり、黒幕にだって一般ではない秩序がある、一度崩壊させることで
おしむこともあれば、きがつくこともある、我々の頭はやっぱり体の一部であり、崩壊をすることに躊躇し、
想像でそれを押し切ろうとする、なんだろ、書いていると秩序がなくなる、書く意味とは?僕にとって秩序なき
文章から、言葉を拾い上げ自分にあうように作り直すという事である。
どうどうメグル。 巡っていいだろう。どうせ道なんて広大な原っぱ、原っぱ、むっちゃくちゃでかい原っぱに道が必要か? 少し道はずれた? いやそんなことはないのではないか? それでも原っぱの足下には注意をはらう、
それだけか、、、、今は。 なんともしりつぼむ終わりだ。広大なはらっぱ、そんなところにちいさな囲いを作る事
の意味あい、あああ、なんとも陳腐だ。
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by shintarooue | 2009-12-10 20:50 | 私説明

とんだつもり

20日アーキタンツ終了、今回の全行程を終えた安堵、 海をみて、夜景遠く、肩には心地よいおもみ。
昼には京都、こうぼうさん(いわゆるフリーマーケット)そして育った家に舞い戻り。
22日は散歩してその足の運びから新潟を連想。思い立ったが吉日。 昼過ぎには
新幹線、日本海側を通りたかったのだが、うまく時間あわず断念。先方に 連絡入れるも、
応答不能、最悪の事態、、、、というか、どうにかなるだろうと、相手に甘える。 事実甘える。
しののめを堪能。 その後遅くまで、跳ぶ。
23日 朝、二人前が三人前ということで味が微妙に変化したコーヒーいただく。 
コーヒー通ではないので、おいしくいただく。
いざ、新潟そして、いざ、埼玉へ、
お昼ごろより彩の国の演劇見学。 言葉の、とくに接続詞を短い時間ながらまじかに見、考える。
区切りよく、日本体育女子大学でクラスのため移動。
始まり遅れて、、、、、そして終わりの時間がせまってきたので「後は自習でもできるよね」などと、、、
投げやり一打と、、、、 「もう終るんですか?」さらりひっくりかえされ 初めて自分のクラスで「帰らしてください」と懇願。
なんとか終った足で新宿西口、ロータリーがあるので自分の位置がうまく把握できない。 それでもお店発見。
ようやくそこで落ち着く。その後は終電間際の途中下車。 カラオケなるものに、、、、、、、、。
次回はヴォイストレーニングを慎と誓い合う。
マサくんのCATSで締め、いや、必要ないラーメンではあったが、それでお開き。 
心に残る? いや残っているのは腹の中のラーメンだけか。
最終日、これから寝るのか、いや、ちらばっている荷物、この荷物同じ場所にないからややこしい。
後は、電車の中で打ち合わせを実行できれば、心おきないか? いや、まだ跳んでない、眠りはいずれやってくる。でも日本には明日はもういない。 では今できること。 「なにができる」 いつもそこから出発。

最終日は太陽がもう登ってます。 平凡な幸せかもしれないけれど、
 明日は嵐がやってこようと、まずは今日一日としてしっかりと受けたいと思。
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by shintarooue | 2009-09-24 07:19 | 私説明

「だまって待つ」


「待つという事」
そんな本を読んでいる、ページは読み返しが多いので前には進まない。
表紙には砂丘に黒い傘をさした男が真っすぐ前を見ていると思われる、(写真では傘の影)
隣ではサックスを弾いている男。

待つ、待つという事で自分を生かしている今日この頃なあり方を浮かび上がらせられる。
例え「そぶり」であっても、それを繰り返す事で意味や必要ではないと思われがちな行動にも
何かが付着する(気がする)。 
そう、「気がする」それが、今必要なのである。
そんな気をさっしてこの長期営業停止を乗り越えてきたのかもしれない。
心体は水につけてふやかし、水中で「あいうえお」で言葉遊び、ジャグジーにもぐって気泡の世界にひたり、
自転車は中島みゆきを聞くために乗り、たばこは煙に自己をかさねゆられ、一杯のみそ汁に暖められ、
終わりの標識を出発点とする。

待つことがなくなったいまだからこそ、あくせくしてスケジュールをうめず、ようやく、ゆっくりと腰を上げる。

どこへゆくともなく、前頭葉では今、過去、現在がからみあい、デジタルな時計ではない時間の流れを体感する。
意味なく過ごした時間へ意味を見つけ下記したいのではなく、ただ、混沌としているという事、そしてそれでもなお、それでゆくということを自覚したいがために書く。

巡り会う、まわる、まわる、いつかきっと、、、
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by shintarooue | 2009-05-18 20:06 | 私説明

冬到来、空き巣!

冬が来た。
朝はマイナスで始まる。
日中はなんとか5度。
子供とはしゃげばなんとかなる気温。
プールに毎日行く事にした。
30分しか泳がない。
それ以上やると次の日嫌になっていかなくなるから。
でも、死ぬつもりで泳ぐ、下しか観ない、右左で呼吸をして、首がおかしくならないように気おつける、たまに力を抜いてみる、沈む、沈む、やっぱり泳ぐとは、舞台に立っている状態に一番近いと思える。だから、30分。 今はそれでいい。

本、ハルキムラカミを休む間もなく読みあさる。 ついこの間彼の本は読まないと人に話していたのが逆に気になって、、、、、そして借りて読む。 読んだ事がなくて嫌いなのではなく、、、、、さて
「遠い太鼓」は、あの「ノルウェーの森」を書いた頃の彼の生活(海外記)呼吸もあうはずである。
初めて読んだのは、95年頃、ハンブルグに飛行機が到着するとこから始まる、、、そのとき僕はハンブルグにいた、、、ああ、単純単細胞な自分を見つけられた本。 呼吸があった勢いで、「afterdark」に、でもやっぱり違った、彼とはなぜか対話できない自分がいる。本とは、読者がその本を読むだけではなく、対話となるかどうかは大きいと思う。 だから、本を読み始めたきっかけ的ロシアブンガクとは、はまるだけはまって、でもある日、公爵、侯爵、伯爵、、、、、、このあたりでつまずいた。 あまりにも登場人物になってしまって、ダメになった。お話になってしまって、、、、、。話がずれる、話をもどしてムラカミさん、、、、、一つ思った事、読んでいると、この作者は踊りを観ながら書いてるかのごとく、、、、(動きが踊るという意で)などと、思って読んだ。 心情とかはあまりなくただ動きがある、ながれたり、静止したような動きであったりと、、、、。
このあたりは、今なのかもしれない。感情や、情景ではなく、そこにある、たんたんとしつつながれのかわってゆく、「ウゴキ」を連ねるという本。 次回もまた借りるだろう、それは、自分にない、ものをもとめて、、、、、対話、会話はないが、でもそんな人付き合いも、勿論あるから。

本は、はなせない。 それは、ここに住むにあったて、必要最低限の心の助けである。  日本人がここにいない訳ではないが、こちらにいると、どうも、サバサバしてしまう。 

他者にのめりこんでゆく、そんな付き合いは、大切なのだが、いかんせん、私は結構必要最低限という言葉を、すぐ忘れてしまうからいけない。 自制してちょうどいいと思う。

アパートを貸す。 また、しばしのサヨナラだ、 世界経済が一つだけ僕に及ぼした影響はアパートである。 バブルとでもいうのか、、、、物件の値段がジワジワさがる。 めんどくさくなって、貸す事にした。 多分おいこまれないと、できない性分からか? 多分後でまた困るだろうが、今は、毎日が一生懸命なので、アパートはほっておきたいから、貸す。 

空き巣。 アパートの下にあるもの置き場にアキスが来た。 革のジャケット、ヴィデオカメラ2台、HD,に最近いつも舞台で使用するヴォイスレコーダー、それから、、、、後はわからない。
荷物を貸すために移動した矢先。 まあ、もうしょうがない。 あきらめが肝心なのだ。

ロストジェネレーション。 そんな本も読む、なぜ今の若者は、、、、自分もふくめて、、、、なるほどっと、人ごとではない話として、なにか、ひっかかった。 世の中のシステムに、あきれる。
でも、最終的には、自らが築いてゆき、自分に習う、ただ、それだけが、答えへの道である。

正しく時代に遅れるために。 こんな題もあわせて読む。 なになに品格、何々学、できる、、、、、法、などの本よりは、いいかと思う。  

本は借りる。 借りるに限る。 欲しくなる本もある。 手元にある方がいいものもある、今は、しかたがないから、借りるにしか限られていると、いったほうがいいか。

あきなく、かき、
かき、あぐね、
あぐら、かき、
かき、うらやまし、
うらみなし、はればれ。
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by shintarooue | 2008-11-03 06:39 | 私説明