何度も終る夏、果報は寝て待て


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カテゴリ:私語( 92 )

リノベーションから学ぶ


今回も学ぶことがあるのでしょうか? 夏休みを利用してとりあえずベースだけはやりきってしまいたいです。この作業はC/Ompanyとなんら関係ないのかもしれませんが、日々の活動として、別の部分の頭の鍛錬と試練という意では、これはもう仕事なのでしょう。いわゆる「無駄な労力(仕事)」なのかもしれませんが、効率よく作ってしまうことには疑問もでてくるのは周知のことかもしれません。


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by shintarooue | 2012-06-15 05:09 | 私語

破壊

私語とです。
「木は切り落とすことで初めて木の存在が生まれる」
写真や想いでも現実から切り離す事でその存在や価値、が生まれる。
そんな事を壁を壊しながら再認識。壁を壊しながら平行して準備すること
になるであろう作品には「キル」という言葉は次回の作品のテーマとなることでしょう。

さて、、、、、
12月に購入した34平方メートル。
そろそろ仕事も落ち着くので試しにちょこっと壁を壊しました。
本来はレノヴェーションしますっと連絡いれてからでないとだめなんですが。。。

手(勿論道具は使いますが)で壊すことで、2006年の改築を始めた夜に想いが飛びました。
道具もなく、手元にあったドライバーで壁を壊す様は捕われた囚人のようだったな〜っと。
前回はがれきの中でテントを張ったり、ロフトを作り直す過程でロフトに挟まったりと無茶な行動も多々ありましたから、今回は少し計画を建てて改築にいどみます。

前回のようにただ、好き勝手に打ち立てるのではなく、今あるものをどれだけ活かしそして
勿論、思う存分打ち込むのです。

壊れた壁が部屋の中にある時間って大事だと思います。
それは本当にそこにあるんです。
ケミカルに色を落としたり
わざわざヴィンテージにやぶれた風なジーパンのようなものではない。
ジーパンと改築では引き合いにならないかもしれませんが、
ジーパンはある意味ワーキングウェアーですから、

話がこんがる前に、終わりです。
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by shintarooue | 2012-04-09 23:30 | 私語

ダンスがダンスでなくなる。

良くも悪くも一区切り。
sidi larbi cherkaoui演出「TeZuka」ロンドン公演が終わり二週間ほどストックホルムへ舞い戻りです。
今年の夏はこの創作過程でアントワープの冴えない空下ほぼ合宿状態、毎日がダンスだったのです。
ロンドンへは公演五回を含め二週間の滞在、これもほぼ劇場と宿泊先をいったりきたり。そんな中
何度か帰り道を間違え迷子に。多分迷子になりたかったんでしょうね。迷子になることで外をほうほうと歩く訳ですから、劇場/宿泊先のいったりきたりを無意識に打開したかった心の現れかと一人思ってみたり。
さて、作品は?
初演は開けたもののまだこれから先の長い作品、要するに公演を繰り返すごとに変化してゆける状態、
再演せずともある程度の公演を色々なところで公演することが決まっている強みでしょうか、これからも変化し完成度を上げてゆく事となるでしょう。 
 「どこへ焦点をもってゆけばいいのか、、悩んでしまうほどてんこ盛りな作品がある時間の経過とともに洗練されることを期待します」洗練されると書いてしまうと、洗練されていないと誤解があってはいけないのですが、要するに寝かせて成熟させられる環境があるというのは素晴らしいのです。

さて、ここでC/Ompany。今年は二月の公演が終ってから活動休止したかのような状態ですが、活動とは継続であり、回数でもなく、勿論なるべく繰り返せる環境作りは必要だと思いますが、、、とりあえず来年度の二月に日本で新作発表となるでしょう。 二月にはTeZukAが文化村でもありますが、、ね。

書き込みを怠っていると妙にこうしてまた書き始めるのに必要以上の力がいり、、、、、、、、、、まあ、いいっか。
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by shintarooue | 2011-09-13 16:49 | 私語

終わり寄りの始まり

何度も書こうとするのだけれど、今更ながら色んな物事の意を問う。いま自分が立っている場所は意を問える場所だということだけが確かなことである。私は基本的に与えられた事を自分のやり方でやってきたと自負していたが、自負なんていうものもそもそも、自分があると過程した上に成り立っており、自分探しなどなんと仰々しい事かと今更ながら反省をする。しかしながらそうやって変化の兆しを味わえることは、感謝せねばなるまい。「 意を問う」問うためにつくるのではなく、問うからできるような物事を目指して、またポツポツと始めよう。切っ掛けは外と内のぶつかり合いであり、作って作れるものでなく、やはりぶつかり合うことが互いを知りそして共存する道標だと。終わりから始まりし!
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by shintarooue | 2011-03-31 23:31 | 私語

思い出のつぎはぎ

久しぶりに一日、ジムショにこもり、いつものコース。
プールには勿論朝一番に行きましたから、体はほどよく疲れて、
頭は冴え渡り、DVDをやきながら、税理士の指示通りに書類まとめ、
あとはドラマを聴きながら、作業。 ああ、日本のドラマも音声だけで
結構把握できるんだと聴覚のすごさをあらためて実感。
そういえば、昔はITUNEに音楽を映像化してみれるボタンがあったけれど
あれはもう、ないんだろうか? 子供の童謡をあれで聴き観ると得体のしれない
世界にはいれたものだったが。 
次の仕事は「継続」がテーマ。 作品しかり、生き方しかり、日頃の恩しかり、
なんでもかんでも「継続」とはどうもおかしいかもしれないが、
なにもつくらなくても、日々の中で創ることをまなぶことが次に繋がると思う。

ああ、次はやはりツアーでもしたい、ツアーの中から生まれてくる新たな作品を
勝手に期待はする。 ゴリラズもそうやってツアー中に歌を創ったのを配信してたし。
ゴリラズ

日本の隙間産業を勉強する。
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by shintarooue | 2011-02-25 22:00 | 私語

つぎ/つぎめ=やすみがてらてらてらと

頭の中をかっらっぽにして朝を迎える事が出来たら、毎日が新鮮なのだろう。
その分、経験や知識が蓄積されないのでそれもそれで難儀である。
どちらがいいのかはわからない。 そんなことを考える、または頭にうかべられるだけ
とても幸せなんだとおもう。 
結局という言葉は使いたくない、そこで話が終ってしまうからだ。
だから、なんなのかと?
通信網の発達で我々の手足は伸びに伸びたような、、、しかし、それは「ツモリ」
ではないのか? 手を差し伸べられる範囲はやはり自分の拳を出して360回った範囲
しかないのではないだろうか? GOで読んだねこのフレーズは。。。。
拳より、手をひろげていたほうがと思うのは、単に拳がきらいだからでもなく、
手をひらげたていたほうが拳よりその分範囲がひろがるというちっぽけな理屈でもなく、
手をひらげた状態のほうが、わけがわからない意思表示になるからではないだろうかと。
拳をつきつければ、それは身体表現としては、単純明快であり、犬もわかるだろう。
では手をひらけた状態ならば、次の動きがきになってしまう。次にその手がどのような動作
をするかで、いとも簡単(ではないが)にわからないという状態から意味をもった動作へと
変容する。 そしてそこに時間軸があれば、いったんおこした動作をひっくりかえすことも強調する
こと、またはやめてしまうことも、、、、この場合、パントマイムは想像しないで。

なるほどと、勝手に思い込む。 これだけの事で勝手に独りで質疑応答して、、、、
結局ではなく、答えをだしつつ、また、その答えを疑問視する。 

そうこうしていれば、幸せではあるが、
それでは只、自分だけの満足におわりかねない。
では、なにがそうさせない、そうならないのか?
やはり、それは時間と場所であろうか?

幸せな場所ならば、プラトンのようにふらふらと哲学というものを生み出すんだろう。
幸せではない場所ならば、幸せかどうかなんて考えず、ただ、目の前のことに全身全霊
するのだろう。
こうして書いていられる事自体を幸せかどうかという物差しではかるのはおかしいかもしれないが、
それが幸せだと仮定して、その幸せを他の人にもとはゆかない。

愛は巡るのある、
愛は返せないものである。
もらったものはその分、、ってわけにはいかないものである。
でも巡るとは思う。
受けて、返し、
そしてそれが、延々モノモノにと巡る。
時間が許す限り。

落とし物/家族 キーワードはこれかな?
次の私語とは。

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by shintarooue | 2011-02-23 06:35 | 私語

事務所の必要性および利便性を考える

事務所の必要性および利便性を考えるなどと釘打ちましたが、只たんに臭わしているだけかもしれません。 丸々一ヶ月日本滞在を終えてこの月曜日にストックホルムに舞い戻り、JIN&PEETERでのサービス業のお手伝いを火曜日、水曜日、、、、今日も本来ならばでしたが、この11月の寒さで客の足が少し落ち着いたので今日は仕事なし。 だからジムショ。GYM=ジムな所。体は動かさないですが、こうして気長に誰にとがめも受けずに無駄を独り排出しております。 この事務所はダンスをしている人々はスタジオだけでなく事務所も必要なのではないか?という提案のもと、助成金がでて運営されているのです。 2008年3月より使わせてもらっていますが、無駄ばかりしているようで、実はそこにあらたな実がなるための芽を育てているのではないかと、ずーずーしく考えております。 必要であるものばかり、合理的になってしまうならば、私たちの活動など、必要ではありませんし、税金の無駄なのかもしれません。 ただ、無駄のない世界とはどのようなものになるのでしょうか? 
反対に考えてみましょう。 画一化された、または総合芸術?(これはここでは書かなくてもいいか)美学も雑多な世の中があってこそ、それが存在する意義がそこに生じるのだと思います。 日本の駅や公共建築など、それだけをピックアップしてみると確かに「オホー、マイ、ブッダ!!、ブティーフル、ワンダーランド」でしょうが、それはそれが存在する基盤がとてつもなく雑多ザッタバッサバッッッッサーだからではないでしょうかな?
繰り返し同じことを延々と綴っているようです。(独りダメだし)

要するに、無駄を省くという行為だけでは無駄はまた知らず知らず生まれてしまうのです。

ウンチクや雑学が鼻につく方はこれ以上読まないでください。
10匹のありが働いています、そのうち2匹がだんだんと怠慢な行動にでてきました、じゃあ、ということで
その2匹を虫けら同然に始末すると、そのうちまた怠慢なありがその8匹からでてきました。
なるほどと仕組みを理解したので今回はその怠慢ありを放置していると、今度は働くありがストし始めました、
そのあり達をみて私は思いました。
我が身を観るためにしなければならない事とはなんぞや? と。
はい、ウンチクでもザツガクでもございませんでした。
ズレてもハズしてもひょうひょうとする、これだけはどれほど変化してゆく自身にも末永く残っていくものと思います。 バカでもいいのです、バカな周りにはバカでは困りますけども、その点、私は恵まれております、救いのないバカをすくってくれる人々が周りにいるのですから。。。。。。 
まあ、それもそろそろ卒業しないと、先にはゆけないと、実感させられた日本滞在ではありましたと、心からすくってくれ、くれ、くれ、た方々にお礼を申し上げます。

これで、滞在の事後報告を終ります。

新国立劇場写真集 スライドショーで約三分「イキキル」写真スライドでどうぞ!

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by shintarooue | 2010-11-18 20:44 | 私語

ふくらはぎ

棒のような右足、筋肉もなかったからふくらはぎが冷たいし、前は前で骨ばっていた夏。
秋になりまだまだ右足は左足にくらべてほそぼそとしている。寒冷地帯の稲のように。
先週はリハビリテーションにてテストを行う。単純な動作や片足づつで飛び着地同じ足にて
と、単調なわりに次の日は体全体がなんとなく痛いときた、なんだ、運動不足か、、、、。
不足、、、、確かに私は今フソクである。 不足を補うのは相方の二人だ。 三人で三脚。
その不安定なバランスが功を奏するであろう。 いつもの事だけれど、今回はいつも以上に
気がメイル。メイったと書けば少しは楽になるかと思うのだが、、、、、
お腹が痛くならなければいいのだけれど。
今回はまず、「イキキル」に全力投球、投げる玉は決まってないけど、手にもった感触がたとえ
つもりであっても、つもりで全力投球。見えない玉はとてつもなく凄い。でもみえないじゃーね
と言われてしまえばそれまでの玉。
そして「イキ、テ、タイ」吟味する暇があるなら、食べて食べて、お後はツイッター/音声付にて
吐き出す。 いや、はや、吐き出すぐらいの勢いでつぶやく。 おかしな日本語かもしれないが、
こうして書くと、残るらしい。
残るといえば、何かを残そうとみんな必死な顔をすましているのではないかと、思ったり。
いいのではないか?頑張っているならいると、汗水たらす肉体労働のようなダンスであっても、
なにもいうことがなくても。 言葉の海につかりきった頭には、頭の違った使い方で望むのみ、
頭も本来、体だからね。 言葉は不思議だとつくづく思い、ああ、今日も、か今日はかわからないほど
勝手にカイて、スキリとする。 スキリとする、それが目的であるから、、、、ではこれはいったいなんなのか?
そう、これぐらい、わけのわからない状態で舞台にたつと、逆にスッキリした出で立ちと立ち位置が生まれる。
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by shintarooue | 2010-10-14 06:37 | 私語

切実にOOO。

先日、二時間程『イキキル』の創作過程の一環としてSKYPEをする。
あーでもない、こーでもない、こうすれば、ここにしわがよって、、、と
話は混沌。 打開という字からして、やはり互い叩き打ちのめすぐらい
の言葉が結果次への道/未知を開く。 

一本筋を通す。 そんな事やってみなければわからないとまた思い巡らす。
「ここは良かった、」「終わりよければ、、、」ではないもの、そんなものを
個々が後押ししながら前へと進む。 

せつ‐じつ【切実】
形動〘ナリ〙

心に強く感じるさま。「—な願い」

身近に深くかかわっているさま。「—な住宅問題」

よくあてはまるさま。適切なさま。「—に書き記す」
これが作品の核になるとどんなものにナルのか?
本当にナリキル事ができるのか?

漢字を感じでとらえるようになり
声を出して読むこともひさし
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by shintarooue | 2010-09-07 21:00 | 私語

同じ風景と記憶

買い物袋を下げて人工芝のサッカー場を横目に家路。
3月のアキレス腱切断、手術までの5日間、
あの頃は両手をふさがれていたから、よけいに自分を弧舞して
日常生活をこなそうとしていた。 
手術後は気が抜けた、それでも日常は目の前にあった。
当たり前のことに泣かされ、当たり前のことに底から押し上げられた。
ギプスは2週間でAIRCASTに取り替えた。
踵には4cmのクッションをひいて。
足の状態を毎朝みることができるようになり、
ごぼうのような足になすすべもなく、
それでも抜糸が済んだ事で、またプールにゆく。
水の中ではこれほどまでに腱をつかわないのだと逆にショックを受ける。
プールで泳ぐだけを二年間もトレーニングの変わりにしていたから。
4月末にギプスを外す予定日がせまってきたのをいいことに、ギプスを
はずして、外をあるく。歩けるというにはほど遠かったけれど、それでも
感極まったことは体が覚えている。 
外れたら、そこからが苦難の道の始まりであった。
苦難といっても、苦難じゃないかもしれない、いつもその裏っかわには歓喜
が一瞬だとしてもあったから。

6月末、日本での制作期間にはいると、『体でしか考えられない』自分を再発見する。

7月、二週間ほどたった劇場のいつも帰り道、踵が上がる。 
これはもう書くまでもなく歓喜(心の中でスキップ)。 

7月末、からっと晴れた日差しの島でいつもの夏休み。
世界はというより、ただ自然が延々と広がる。

そしていろいろな物事が動き出す8月中旬。
まだまだ、出遅れた感はいなめない、それでもそんな中だからこそ、
足を外へ向ける。

きおくへのかいき

たっちゃーだめさ、
にそくほこうのサルだから、
つかれたらすわれ、
ねっころがれ、
でも、ほかのサルがそれをみて、
たすけてくれるとおもうなよ、
バランスくずしくずしでもいいから、
あるけ、
たっちゃーだめさ、
ほら、
こけたあかちゃんなきだしちゃった。

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by shintarooue | 2010-08-26 07:07 | 私語